マイケル・パーカーのお嫁さんや帰化した理由は?ポジションなどwiki風プロフも紹介!

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千葉ジェッツふなばしのマイケル・パーカー選手。

日本に帰化した?などの情報もあるのですが、どうなのでしょうか。

今回は『マイケル・パーカーのお嫁さんや帰化した理由は?ポジションなどwiki風プロフも紹介!』をテーマにお届けします。

どうぞ最後までお付き合いください。

マイケル・パーカーのお嫁さんは?

こちらのTwitterを見ると、ご結婚されてお子さんもいるようですね。

とあるインタビューでは、次のようにコメントしています。

「オフの時間は家族と過ごしています。本当に家族との時間を大切に過ごそうとしているので、外に出る機会も少ないですし、出ても家族と過ごしてます」
(https://bit.ly/2k9W9EM)

奥様はどんな方なのでしょうか?!

一般の方だと思いますが、画像などはありませんでした。

オフの日は家族水入らずということで、もしもマイケル・パーカー選手(以下、パーカー選手)を見てもそっとしてあげてほしいものです。

マイケル・パーカーが帰化した理由は?

パーカー選手は、2008年から日本でのキャリアをスタートし、2015年12月に日本国籍を取得しています。

2018年レギュラーシーズンは114スティール(同1.9スティール)をマークしてスティール王を獲得しました。

日本でのキャリアを順調に積んでいますが、なぜ帰化に至ったのでしょうか。

パーカー選手はクラブの公式HPをとおして、

「また千葉ジェッツふなばしでプレーすることになりとてもワクワクしております。

来年度も楽しみです。

日本一最高のブースター、また最高のコーチ陣、マスコット、フロントスタッフがいる千葉ジェッツふなばし。このチームこそ、私がプレーしたいチームです」

とコメントを残しています。

なぜ、帰化したのか理由はわかりませんでしたが、日本への愛情は強いものだということが分かりますよね。

bjリーグで5年間、NBLで3年間と日本のバスケを知り尽くしたパーカー選手なら、日本に貢献してくれることはもちろんのこと、日本チームへの起爆剤になることは間違いありません。

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「マイケル・パーカー」プロフィール


(https://bit.ly/2lFTSSd)

名前:マイケル・パーカー
生年月日:1981年12月5日(37歳)
身長:200cm
体重:102kg
出身地:アメリカ合衆国・ワシントンD.C.
出身校:グローバーパーク高校→エバーグリーン州立大学
所属チーム:ライジング福岡(2008-2011)→島根スサノオマジック(2011-2013)→和歌山トライアンズ(2013-2015)→トヨタ自動車アルバルク東京(2015-2016)→千葉ジェッツふなばし(2016-)
ポジション:センターフォワード

bjリーグでの4度の得点王、5度のスティール王、2度のベスト5。

ディフェンスの選手がオフェンスの選手からボールを奪う「スティール」を得意とするのがパーカー選手です。

スティールの最多得点はもちろん、タイトルまで取得しているパーカー選手に注目しながら、プレーをご覧ください。

やはり攻撃の起点がここから始まっているというのは、パーカー選手のスティールのおかげではないでしょうか。

まとめ

・オフは家族と過ごすのが好き

・帰化した明確な理由は不明だが、日本のバスケ愛は強い

・スティール率が高く、得意としている

帰化したということは日本代表の候補に入れます。

37歳という年齢では少し高齢であり、若手の台頭もあることから厳しい面もあります。

しかし攻守ともにそろった選手の1人なので、まだまだ活躍に期待したいですよね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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