藤田弘輝の結婚やハーフ説を調査!身長などwiki風プロフィール紹介!

2019年12月20日に『琉球ゴールデンキングス』のヘッドコーチに就任した藤田弘輝さんを紹介したいと思います。

端正な顔立ちでハーフ?なんていう声も出ています。

今回はプライベートにも迫るべく『藤田弘輝の結婚やハーフ説を調査!身長などwiki風プロフィール紹介!』をテーマにお届けします。

どうぞ最後までお付き合いください。

藤田弘輝の彼女や結婚は?

ご結婚されていてお子さんがいるようですね。


(https://bit.ly/2x8ve2i)

お隣にいるのは奥様でしょうか?


(https://bit.ly/32PiZmM)

家族はいらっしゃるようですね。

何人いるのかはわかりませんが、結婚はしていることが分かります。

素敵な休日ですよね!!

藤田弘輝はハーフなの?

端正な顔立ちですのでハーフなのか?という声もあがっています。

父親がアメリカ人、母親が日本人のハーフです。

藤田弘輝氏の生まれはアメリカのサンフランシスコです。

4歳の時に埼玉県へ引っ越してきています。

4歳のときに、こちらに来ていたら日本語もバッチリですよね。

その後、中学でハワイへ引っ越しをすることになるので、英語も堪能なんです。

バイリンガルなんですね。

そのため、通訳としての力も発揮しています。

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藤田弘輝は通訳としても活躍!

ハワイの大学を卒業後は、日本のBリーグへ入ることになります。

選手時代は主にガードとして活躍していました。

一方で、英語力を活かして通訳としても活躍していたのです。

2011年にはすでに選手を終え、宮崎シャイニングサンズ アシスタントコーチ兼通訳として新たな道を進み始めていました。

コーチが通訳できると、意志が直接伝えられますよね。

誰かを通して伝える言葉よりも、やはり生の声のほうがコーチングもスムーズに行くでしょうね。

琉球ゴールデンキングスのヘッドコーチに就任

2019年12月20日。

藤田弘輝氏がヘッドコーチ就任しました。

2013年より6シーズンの間、福島ファイヤーボンズ、群馬クレインサンダーズ、三遠ネオフェニックスで、ヘッドコーチを歴任している実績が買われたようです。

2019年より日本代表チームのサポートコーチ兼通訳として帯同していることも評価の一手を担ったのでしょう。

藤田氏は、2019年シーズンよりキングスのアシスタントコーチに就任し、その豊富な経験でチーム力を底上げに貢献してきました。

そして満を持して琉球ゴールデンキングスは、藤田ヘッドコーチ下での体制を新たに、チーム一丸となり戦っていくことになります。

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藤田弘輝プロフィール

ではプロフィールの紹介です。


(https://bit.ly/2TjlbzW)

名前:藤田 弘輝(ふじた ひろき)
愛称:「ヒロ」「Theo」
生年月日:1986年4月16日(33歳)
身長:180cm
体重:75kg
足のサイズ:28.5cm
出身地:アメリカ(サンフランシスコ)生まれ、埼玉県育ち
選手歴:浜松・東三河フェニックス(2008-10)→宮崎シャイニングサンズ(2010-11)
コーチ歴 :宮崎シャイニングサンズ アシスタントコーチ兼通訳(2011-13)→群馬クレインサンダーズ アシスタントコーチ、ヘッドコーチ代行(2013-14)→福島ファイヤーボンズ ヘッドコーチ(2014-16)→三遠ネオフェニックス ヘッドコーチ(2016-19)→琉球ゴールデンキングス アシスタントコーチ(2019-)

小学3年生の時にミニバスケットのチームに入り、バスケットボールのキャリアをスタートしました。

小学校を卒業後はハワイへ引っ越し、中学・高校とニュージャージーの学校へ通う間もずっとバスケットボールは続けていました。

通っていた高校はハワイ州の中ではかなりの強豪校だったようです。

ハワイ州大会の決勝に3年中2回残る程だったそうです。

大学はハワイ州のヒロにあるアメリカの州立大学『ハワイ大学ヒロ校』を最終的に卒業しています。

選手時代は短いものの、高校卒業時にはコーチへの道を思い描いていたようなので、コーチへの道は自らの手で勝ち得た道だったのかもしれません。

選手として2008年にbjリーグの浜松・東三河フェニックスに入団し、bjリーグ・宮崎シャイニングサンズに所属していた2011年に引退しました。

引退後は通訳兼テクニカルコーチとして宮崎に留まり、その後bjリーグ・群馬クレインサンダーズのアシスタントコーチを経て、2014年にbjリーグ・福島ファイヤーボンズの初代ヘッドコーチに就任します。

2019年6月、琉球ゴールデンキングスのアシスタントコーチに就任し、2020年2月にヘッドコーチへ昇格となります。

併せて2019年より日本代表チームのサポートコーチ兼通訳としてFIBAワールドカップ、ジョーンズカップでトップレベルの選手と世界との対戦してきた経験を持つコーチです。

「僕はずっとアメリカにいて、日本の名門高校、大学にいたわけでも、NBLのチームにいたわけでもない。

この活動をしていなかったらかかわることのない選手たちと話をして、シーズン中に会ったら『どう調子は?』とか挨拶したりする。

この経験をチームに還元することも僕の仕事。

代表を通して知り合った人たちとのコネクションもそうですし、いろんな形でキングスへは還元したいです。」

と取材で答えています。

まとめ

・家族がいるが、家族構成は非公開

・父親アメリカ人、母親が日本人のハーフ

・アシスタントコーチ、ヘッドコーチのほか、通訳もこなすバイリンガル

・2019-2020は琉球ゴールデンキングスのヘッドコーチに就任

・中高大とハワイの学校へ進んでいる

代表スタッフ、代表選手はみんなレベルが高くて学びも多いですし、いろいろな刺激があると感じている日々、大きな分岐点にある中自分がかかわることにやりがいを感じているそうです。

コーチングと一言で言っても、チームの戦略や選手の調子の見定めなど大変なことばかりですよね。

それに加えてチームの通訳を担うとなるとやることは膨大。

それでも「やりがい」を感じているのには、根底にバスケ愛があるからだと感じます。

2020年オリンピックイヤーですが、

「ヘッドコーチになったのでサポートコーチはやりません、という考えはなかったです。

ワールドカップに参加させてもらい、やらしていただけるのであれば東京オリンピックまで続けたい。

それをやらないと中途半端という思いはあります」

と、東京オリンピックまでを一つの区切りと考えているようです。

オリンピックは選手が注目されがちですが、コーチ陣の一人藤田氏にも注目していきたいですよね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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