比江島慎の家族は?亡き母の思いを胸にオーストラリア(NBL)に移籍!

学生時代から輝かしい成績を残し、先日オーストラリアのバスケットボールリーグへの挑戦を表明した比江島慎選手。

将来の日本のバスケットボール界を引っ張ると期待されている比江島慎選手ですが、ファンの方は家族構成も気になる所ではないでしょうか?

そこで今回は、比江島慎選手の家族構成や亡くなったお母さまのこと、これまでの経歴を含めたプロフィールをご紹介します。

どうぞ最後までご覧ください。

比江島慎の家族は?


(https://bit.ly/2PXJRwW)

福岡県福岡市で生まれた比江島慎選手は、母親と兄の3人家族で暮らしていました。

女手一つで比江島慎選手を育てるキッカケは今回調べたところ詳しい事は分かりませんでしたが、女手一つで比江島慎選手を育てた母親は立派ですね。

兄の比江島章さんは、福岡市内でバスケットボール選手のマネジメント事業やバスケットボールウェアの販売事業を展開している、「ステラリアン・バスケットボール」という会社を経営されています。

母親と兄の3人家族でしたが、2018年4月に母親が他界されたので、比江島慎選手は兄と2人家族になってしまいました。

そういった失意を微塵も感じさせることもなく、8月にオーストラリアへ移籍しました。

移籍には亡くなった母親の尽力もあったそうです。

このことについては次の項目でご紹介します。

亡き母の思いを胸にオーストラリアへ


(https://bit.ly/2PXJRwW)

2018年4月に他界した母親は、比江島慎選手のオーストラリアへの移籍を後押ししていました。

当時母親は、比江島慎選手のマネジメントを行なっていました。

比江島慎選手は「オーストラリアのバスケットボールリーグ」へ興味を持っていましたが、これを母親が察します。

その後、母親はオーストラリアのバスケットボールリーグに通じている人物とコンタクトを取り、比江島慎選手のオーストラリア移籍を裏でサポートしていたそうです。

なかなかやり手の母親ですね。

母親が他界した2ヶ月後の7月26日に、アジア人枠でオーストラリアのブリスベン・ブレッツへ日本人初として入団契約を行ないました。

移籍会見を行なった時に比江島慎選手は「W杯と東京オリンピックを考えたら、移籍するには今だと思った」「裏で色々と尽力してくれた母親の想いも込めて、オーストラリアで頑張りたい」と話しています。

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比江島慎プロフィール


(https://basket-count.com)

比江島慎選手は1990年8月11日に、福岡県で生まれました。

身長190cm・体重88kgと恵まれた体型をしている比江島慎選手は、小学校1年生の時にバスケットボールを始め、福岡市立百道中学校時代にキャプテンとして全国大会へ出場します。

その後は、バスケットボールの強豪校として知られる京都の洛南高等学校へ進学します。

入学してからすぐに試合に出場しており、インターハイ制覇や史上2校目のウィンターカップ3連覇を達成しています。

洛南高等学校卒業後は、洛南高等学校の先輩が多く進学していた青山学院大学へ進学します。

青山学院大学時代にも関東大学リーグで3連覇を果たすなど、学生時代は輝かしい成績を残しています。

青山学院大学卒業後は、シーホース三河へ入団し、リンク栃木ブレックスに所属した後、現在はオーストラリアのプロバスケットボールリーグのブリスベン・ブレッツに所属しています。

まとめ

・母親と兄の3人家族だったが、2018年4月に母親が他界

・他界した母親の尽力もありオーストラリアへの移籍が実現

・数々の栄光を手にしてブリスベン・ブレッツで活躍中

今回は、オーストラリアのブリスベン・ブレッツへ移籍した比江島慎選手の家族構成や亡くなった母親の想い、プロフィールをご紹介しました。

比江島慎選手の活躍を影ながら支えていた母親の想いを胸に、異国の地で活躍している比江島慎選手に、これからも注目ですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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